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歴史・文化財

歴史をひもとけば、浪漫あふれる北国の物語―。

蓬田城跡

小館遺跡の北側1kmの処に、鬱蒼と茂る森に覆われた蓬田八幡宮があります。ここが大館ともいわれる蓬田城址。南北朝時代の豪族の居館だったと伝えられていますが、いつごろ誰が築城したかは不明。天正13年(1585)、油川城の落城を知った城主蓬田越前が南部に逃走したあと、津軽為信の支配下となっています。

落城してから蓬田城は静かに眠るだけでしたが、その沈黙を破るかのように昭和50年に金沢大学と早稲田大学を中心とする発掘調査が行われました。出土遺物は縄文時代の土器や石器、土師器、恵寿器、擦文土器、中国産の白磁と青磁。鉄製品として、鋤、短刀、鉈が発見されています。大きく深い堀は浪岡城にも匹敵する規模といわれ、空白といわれる中世津軽の歴史を物語るロマン漂う蓬田城です。

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●住所:蓬田村

●問い合わせ:0174-31-3111(村教育委員会)

 

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小館遺跡

小館遺跡は昭和46年に発掘調査が行われ、擦文土器をともなう遺構が見つかりました。遺構からは多数の擦文土器や土師器、鉄片、鉄滓、炭化したヒバ材などが出土。竪穴住居跡や粘土で築いたカマド跡も発見されています。

擦文文化は北海道在来の文化に東北地方から北上した大和の文が接して生まれた文化で、そこに生じたのが擦文土器と言われています。ここから擦文土器が大量に出土したことにより、古代におけるアイヌとの交流や東北古代史に登場する蝦夷とも関連する遺構ではないかと注目されています。

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●住所:蓬田村

●問い合わせ:0174-31-3111(村教育委員会)

 

 

玉松台と古城の沼

玉松海水浴場の西側の小高い台地にある玉松台は、松の木に囲まれた1.88ヘクタールの緑地公園。太い枝が輪状になっている樹齢300年以上の老松、「玉松」があることから玉松台と呼ばれています。

江戸時代、青森港や油川港へ向かう舟は、この玉松を見て「あと何時間で着く」と目算し、地元の船は灯台代わりの目印にしたと伝えられています。この高台から眺める陸奥湾の景観は美しく詩情があります。

園内には日露戦争の戦没者の墓や忠魂碑が建てられています。この墓は、戦死して異鄕の土となっても魂だけは故郷に葬られたと願う出征兵士が決死の覚悟で建てたものです。

現在は、古城の沼の整備も進み、松風の聞こえる静かな憩いの場となっております。

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●住所:蓬田村

●問い合わせ:0174-31-3111(村教育委員会)

 

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蓬田村文化伝承館

郷土の歴史を後世に伝えようと、長年地域の人々の心のよりどころとして守られてきた旧広瀬小学校校舎(改築当時は旧幼稚園校舎)を改築し、平成13年に開館。蓬田村は農業、漁業、林業と生活様式が多岐にわたるため道具の種類も多く、専門の職人が製作したものばかりでなく、身近な材料で手作りした民具も多く収集されています。

講堂は郷土芸能の練習場所やスポーツ活動の場として、交流広場(旧校庭)は子ども達の遊びの場として開放しています。

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●住所:蓬田村広瀬字坂元24番地

●問い合わせ:0174-31-3111(村教育委員会)

●見学自由 

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龍沢山正法院

正法院は慶長18年(1613)、長勝寺(弘前市)の14世聖岩雲祝和尚によって開かれた曹洞宗の寺院です。正法院は初め奥内村にありましたが、蓬田村に信徒が多かったので、寛文2年(1662)に現在地に移転。松前候の参勤交代の休憩所として、航海の安全を祈願したという。

寺宝として円空作の観音菩薩座像があり、県文化財に指定されています。円空仏は外ヶ浜では青森市油川の浄満寺、旧平舘村福昌寺、旧三厩村義経寺などにあります。

正法院の山門にある2体の仁王尊像は、昭和5年に青森市後潟の船大工、工藤源蔵が4年の歳月をかけて完成したものであり、奈良東大寺の仁王尊像の型にならったという。

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●住所:蓬田村阿弥陀川字汐干29 ●問い合わせ:0174-27-2012

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